« 北朝鮮の軍備は | メイン | 日露戦争 »

東京の皇居

東京の皇居は、江戸時代末期まで徳川将軍が居城としていた江戸城跡にある。江戸城の内郭(内堀内)には、本丸、二の丸、三の丸、西の丸のほか、西寄りの部分には「吹上」と呼ばれる庭園があった。「吹上」はかつては屋敷地であったが、明暦の大火(1657年)以降、火除け地として、建物が建てられないようになっていた。

皇室関連施設のうち、宮殿、宮内庁庁舎などは旧西の丸に位置するが、天皇の住まいである御所は江戸城の「吹上」、現在の「吹上御苑」に建てられている。旧西の丸と吹上御苑は道灌堀という堀で隔てられている[1]。城郭としての江戸城は本丸、二の丸、三の丸および西の丸部分のみをいい、道灌堀の西側にある庭園部分は厳密には江戸城には含まれないので、御所は城郭としての江戸城跡に建っているわけではない。

現在、皇居一帯は東京の中央部にありながら、緑豊かな地区で、濠の周りはジョギング道として人気が高い。皇居の住所表示は東京都千代田区千代田1番1号で、本籍として人気が高い住所になっている。(郵便番号は100-0001)また、国有財産としての皇居の価値は、2146億4487万円である(財務省資料に基づく、2009年5月現在)。
テレビ番組
水墨画
百日咳
環境工学
バレーボール
ウエストナイル熱
華道
21世紀の幕開け
あつみかぶな日記
いい物ゲット情報お手伝いサーチ
エリア生活クラブ
オニオンの楽しいアイディア
かぜ小僧
キングチャールズ
ごぼう君の日記
ジタバタ大作戦
スポーツ少年団夏休み
ちょろぎくんの日記
ニュー日本全国ライフ情報ネット
パパは一年生

衛星パノラマ画像プログラムのグーグルアースにおいては世界のランドマークの一つとして登録されている。
1868年(明治元年)、明治天皇の東京行幸により江戸城が東京城(とうけいじょう)と称され、東京の皇居となる。
1869年(明治2年)、2度目の東京行幸で天皇の東京滞在が発表され、東京城は皇城(こうじょう)と称される。
1873年(明治6年)、それまで天皇の御座所とされていた江戸城西の丸御殿が火災のため焼失し、一時、赤坂離宮を仮皇居とした。
1879年(明治12年)西の丸に新宮殿を造営することが決まり、1888年(明治21年)に明治宮殿が落成した。以後、宮城(きゅうじょう)と称された。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.sdkpch.biz/blog/mt-tb.cgi/1243

About

2009年11月26日 01:02に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「北朝鮮の軍備は」です。

次の投稿は「 日露戦争」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.35